- Date
- 2019/10/19/Sat 19:55
- Category
- いさむ白書
ちょっとだけ悲しい事がありました。
今朝、自分のスタジオに行った時、入り口付近の
金木犀の花が昨日からの雨で散っていたのです。。
「ああ、もうこのなんとも言えないいい香りともお別れか…」
そう。
僕は金木犀の香りが大好きなのです。
一年中その香りに包まれて暮らしたい!
とさえ思うよ。
それにしても、いつ頃からだろう。
このイイ香り=キンモクセイという事を知ったのは。
もしかしたら、ここ10年くらいかも。
そうなの。新参者なのです。
それまでは、花の香りとか全く興味が無かったというか、
魅力に気付けずにいたんだね。
大好きな香りだけど、
この金木犀の香りに対してノスタルジーは感じないんだ。
なぜだろう?
横須賀には無かった?そんなわけは無いか…
ただ、おっさんになってはじめて分かるような魅力ってことなのかな。。
だいたいからして、秋の魅力だってそうだ。
子供の頃は、夏(主に夏休みか)が終わる淋しさの方が勝って、
「秋なんて!」って思ってたもんなぁ。
話を金木犀に戻すが、
この香り、とても不思議だなと思うんだ。
「もっと嗅ぎたいのに嗅げない~説」。
なんのこっちゃと思われるかもしれないが、
いい匂いだからもっと直に嗅ぎたいと
鼻を花に近づけてクンクンしても
あまり匂わないのだ。
そこで、ちょっと木から離れて
辺りを漂う空気全体を嗅ぐようにすると
なんともいえないいい香りに包まれる。
不思議だ。
追えども逃げる己の影のようだし、
直視よりずらすと見える遠い星のようでもある。
これはあれかな、
人間の欲望に対する戒めのようなものかとも思える。
それにしても、なんでも手に入る今の世の中にあって、
年に一度この季節にだけ、手に入れることは出来ないが、
漂っている香りを堪能することのみが許される。
金木犀の香り…
お金では買えない、もの凄く贅沢な物のように思う。
- Date
- 2019/04/08/Mon 10:50
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- いさむ白書
イサム少年とチャリ⑦
“噂のトンネル”の巻
最近のチャリはめったにチェーンが外れたりしないよね。
これも技術の進歩なのでしょう。
時代は令和になりつつありますが、平成をジャンプして
昭和の時代のチャリは今と違いよくチェーンが外れたものだ。
特に僕の乗っていたエレクトロボーイZのように、変速ギアの付いているタイプは、何かっちゅうとチェーンが外れた。
チェーンが外れると、にっちもさっちも行かなくなるので、その場で自分で直すしか方法はない。
チャリの横にしゃがみ込み、手を油でベトベト真っ黒によごして修理しなければならなかったのだ。
でも今はめったにそんな事にはならないのでいい時代だね!
さて、話は僕が少年だった昭和の時代に戻ります。
どういう経緯(いきさつ)からだか思い出せないが、
僕はまた鎌倉にチャリで行こうと思い立った。
“鎌倉は遠かった”で書いたように、
鎌倉に一人チャリで行こうとしたときには
峠の無限回廊でエライ目にあったイサム少年だったが、
同じ轍は踏まないのだ。
ということで今回は隣にすむ同級生O君を誘い二人で、しかも峠がないであろう逗子を通るルートで行くことにした。
これで辛い思いをせずに、青い海と大仏と鳩サブレーに会えるぞ!
と意気込んで出発したのだった。
ん?でも、なんで鎌倉なのだろう?
大仏と鳩サブレーはおいといて、海なら横須賀にもあるし…
チョット足を伸ばせば三浦の綺麗な海も堪能できる。
今思い返すと、僕の住む所から三浦方面へは、海沿いの幹線道路1本で比較的楽勝に行けるので、当たり前のように何度もチャリで遊びに行っている。
ところが、西海岸側の逗子鎌倉方面ヘはコレだという分かり易い道もないので馴染みが薄いのだ。
その分、イサム少年の冒険心を煽ったのだろう。
僕等はまたしても前調べもせずに、行き当たりばったりで出かけた。
でも今回は前回のような峠地獄も無く極めて順調に逗子を抜け、あと少しで鎌倉というところまで辿り着いた。
その時、前方にトンネルが見えた。
「トンネルか…峠より良いや」
っと思った次の瞬間、僕は先日見たテレビ番組を思い出して
ぞーっとした。
その番組とは心霊写真や心霊スポットを紹介するような番組だったのだが、逗子と鎌倉の間にある有名な“幽霊トンネル”の事が恐ろしげに紹介されていた。
今、まさに目の前にあるこのトンネルではないか!
海、大仏、鳩サブレーなどで一杯だった僕の頭の中は一瞬にして、「霊魂」とか「怨念」とか「幽霊」などのおぞましいワードで一杯になってしまった。
「O君!こっ、ここは…」
一人でモヤモヤするのはめちゃ怖かったから、O君に目の前のトンネルのことを言う事にした。
僕はテレビで見た内容をざっと話した。
怖かったから話したんだけど、話すと内容を思い出してもっと怖くなった。
僕とO君は引き攣った顔を見合わせて
「どうする…」
目の前には不気味な“幽霊トンネル”があんぐり口を開け僕らを見据えている。
ホントは僕もO君も、一目散に家に帰りたかった。
でもここまで来たし、少年特有の強がり精神も発揮して、僕等は恐怖心をなんとかねじ伏せ、トンネルを越え目的の鎌倉を目指す事にした。
僕とO君は一列になりそのトンネルに進入した。
ひんやりしたその内部は、何もかもが今までとは違った。
音、光、臭い、空気の感触…
ゾワーッ
僕らはローストチキンのように鳥肌を立ててチャリを漕いだ。
O君も必死である。
倍速ビデオのようにペダルを漕いでいる。
めちゃ速い。
僕も置いて行かれないように全力で漕いだ。
そして、変速ギヤを5速に入れようとレバーを動かす。
と、その時。
ガチャン!!
僕のチャリのチェーンが外れた。
場所はトンネルのほぼ中央だ。
「ヤッベ!」
「オーーーイオーイ!Oくーん!!」
「マッテー!!!!」
トンネル内にこだまする。
渾身の力で叫ぶも空しく
O君の姿はどんどん小さくなる。
真っ白い出口の光に向かって猛烈にチャリを漕ぐO君の姿は
今も脳裏に焼きついている。
僕はというと、半泣きになりながら
半ケツになってチャリの横にしゃがみ込み
怨念と幽霊と、背後を容赦なく通り過ぎる自動車に
びびりながら、やっとの事でチェーンを直し
猛ダッシュで出口に向かったのであった。
トンネルを出てきた必死の形相の僕を見て
O君は腹を抱え大笑いしていた。
「なんで待ってくれなかったんだよー!」
「マジで怖かったんだぞーっ!」
キレたり泣いたり笑ったりしながら
僕等はペダルを漕いだ。
鎌倉はもうすぐそこだ。
- Date
- 2019/04/04/Thu 23:39
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- いさむ白書
昨年はGRANRODEOのツアーも無く、
身も(心も?)弛んで来てしまったので、
ここらでいっちょスポーツでもして身体を引き締めねば…
今年は長いツアーが待っているので体力も付けなきゃね!
ということで行ってきましたよ、近所のスポーツセンター的な所。
このスポーツセンターにはジム、ダンスとかのスタジオ、
そしてプールが設けられている。
でも、いきなりジムに行って、マッチョな諸先輩方にならんで
バーベル、ダンベル「はい!あと5回ガンバって!!」的な
ハードなのはチョット敷居が高いし、
かといってダンススタジオでレオタードのお姉さま(居ませんよね)達と
「ワンエンツーエン…は~いもっと足を高く~!!」というのも恥かしいぞ!
という事でプールに決定!
プールなら自分のペースで泳いだりすればいいんだもんね気楽~!
もちろんジムとかにも興味はあるので行ってみたいんだけど、
先ずはプールで泳いで少しは体力付いたら行ってみようかなぁなんて思ってます。
さて約2時間たっぷり、泳いだり、水中歩行したり
水飲んだり、足つったりした後、
シャワーを浴びて更衣室へ。
ここで思いがけない出来事が。
カラダ拭き拭き~フル○ン状態からの~下着を付けたか付けないか~丁度その時、
傍らから一人の男性に声を掛けられたのだ。
「あの~タキタさんですか?」
あわわわわ…。
股間(下着)を確認しつつ頭をフル回転させる。
自意識過剰なボクが咄嗟にあっ!と思ったのが、
さっき腰に巻いてたのはMinami(栗林みな実)ちゃんのスポーツタオルだし、
今まさに着ようとしているTシャツはGRANRODEOのモノなのでそういうことかな?
オレもちっとは顔が売れてきたのかな?(←アホ)
ひょえ~でも、フル○ン状態も見られちゃったかなぁ?
などとあたふたしてると「ミューズ音楽院で生徒でした」と彼。
直接教える事はなかったのであまり面識は無かったのだが、
僕の事を憶えてくれていた様だ。
な~んだ、言ってよ~!
なんか急に安心してフル○ンでも良い気がしてきた。
世間は狭いね~!
聞く所によると卒業後メジャーデビューも果たした立派なアーティストだ。
しかも、めちゃめちゃ良いカラダしてる。
ムムム、ここで鍛えているに違いない!
ヨッシャ~!オイラも頑張るぞー!
と、刺激も貰ったのでした。
(^-^)v
- Date
- 2019/03/31/Sun 13:13
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- いさむ白書
イサム少年とチャリ
“ガラスの山”の巻
チャリに乗れるということは
行動範囲がぐーんと広がるという事で、
それこそ手に入れたばかりの頃は、
マーキングに忙しいわんちゃんのように
鼻息も荒くあちこち走り回った。
そして、出かけると何かしら新しい発見もある。
ある日、港の方へ探検に行った僕等は、
とんでもなくデカイ砂山を発見した。
高さは10メートルくらいあった気がする。
勿論、少年の目線だし遠い記憶なので
正確ではないかもしれないが、
兎に角見つけたときはびびるくらいデカかったのだ。
しかも、その10メートル級の砂山が
まるで砂丘のように幾つか連なっている。
これには、イサム少年大喜びだ。
友達とわれ先にと駆け寄って、あたりを見回す。
そして顔を見合わす。
登っても怒られなさそうだな…。
という事で、僕等はそのデカイ砂山の一つに登った。
そして、思いっきり遊んだ。
その砂丘的なスケール感は、
いつもの公園の砂場などとは比べ物にならない。
「こんどはオマエが怪人なぁ、おれがライダー」
「へーんしん!トゥー!ライダーキーッ!!」
ひととおり遊び尽くした頃、
僕等は身体に異変を感じた。
「なんか、チクチクするね?」
「うん。する!」
身体中チクチクして、
痒いようで痛いようで辟易した。
僕等の遊んだその場所は、
おそらく建材としての砂利置き場で、
その建設用の砂の中に、
理由は判らないが同じく建材の
グラスウールの粒子が混入されていたのだ。
だから、僕等の身体中には
無数の細かいガラス繊維が突き刺さって、
あのチクチクした痛みになっていたのだ。
あ~、恐ろしい。
今思い出しても背中や首や脚が
チクチクしてゾワゾワするぞ!
- Date
- 2019/03/25/Mon 18:05
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イサム少年とチャリ
“鎌倉は遠かった”の巻
ある晴れた日、僕はちょっと遠出をしようと思い立った。
鎌倉にある親戚の家にチャリで行き、叔母を驚かせようと企んだのだ。
記憶をたどると暑かった気がするので恐らく季節は夏…
夏休みか何かだろう。
「いきなり一人で訪ねたら叔母ちゃん驚くだろうなぁ。しかもチャリだし」
なんて考えながらペダルを漕ぐ。
鎌倉までの道(ルート)は…分からない。
分からないけど、行けば分かるだろうという安易な考えで走りだした。
ほどなくすると、横浜↑、鎌倉←と書いた道路表示板を見つけた。
よくある青い表示板だ。
「ほらやっぱりこっちだ」とテンションも上げつつ表示に従って進んだ。
祖母と一緒に鎌倉までよく行ったものだが、我が家には自動車というものが無かった。
したがって電車で行く事が常だったが、ときおり鎌倉の叔父の車に乗せてもらい行く事もあった。
その時の記憶を頼ったのかもしれない。
「順調、順調!」その後もいくつかの表示板に従い鎌倉を目指した。
小一時間ほど走って、僕的にはもうそろそろ鎌倉に着くのではないかと思った頃、道は上り坂にさしかかった。
「坂かぁ」
暫く頑張って漕いだが、立ち漕ぎもそういつまでも続けては居られない。
僕はチャリを降りて押すことにした。
まあ、ちょっと登れば下り坂になって海とか見えてそこは鎌倉かなぁ…。
青い海を思い浮かべる。
そんな希望を胸にチャリを押す。
ところがである。
下から見て上り坂の終点だと思っていた場所…。
実は、そこは急なカーブになっていて、その先が見えなくなっていただけだった。
そして、そのカーブを曲がると…
なんと更に長い上り坂が続いているではないか。
しかし、ここでも持ち前のポジティブシンキングを発揮して、
”あのずっと向こうに見えているあの場所”こそが頂上に違いない。
そう信じてチャリを押す。
その頃になると腕も足も疲れて来て、例の巨大なフラッシャーの重みがズシリとこたえ、
普通に漕いでいる時の何倍にも重く感じる。
チャリを押す。
しかし、そここそ頂上と信じたその場所は…
またしても同じような急なカーブだった。
もういいかげん、ここらで引き返せばよいものを、
途中で引き返すという事を知らないイサム少年であった。
チャリを押す。
更に何回もこの“上り坂からの急なカーブ”を繰り返す。
時折車は通るが、歩いている人なんて一人もいない、
ましてやジュースの自販機などはもっての外である。
暑くて喉が乾いた。
時刻も夕方に近くなってきた。
急に心細くなってきた。
「オレは一生この坂道でチャリを押しつつ登り続けなければならないのではないだろうか?」
まさに“坂とカーブの無限回廊”のように感じた。
イサム少年の家のまわりも坂道は多い。
しかし、ちょっと登ればすぐ下りになるような坂道が大半で、
こんなに登っても登っても頂上に辿り着かない坂道は生まれて初めてだった。
帰ってから、そのつづら折りの道は朝比奈峠という峠道だと知った。
さて、肝心な鎌倉に到着したかどうかだが…。
それが、どうにもこうにも思い出せないのだ。
ただ思い出すのは、暑く果てしない上り坂を重いチャリを押し歩いたことだけだ。
どうやって家に帰ったか?
思い出せない。
ワープでもして帰宅したのか…
“坂とカーブの無限回廊”の記憶は不完全ながら鮮明に僕の心に残っている。