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テリー・ファンク!フォーエバー!

2023のアニサマも無事終了~!
(DAY1出場のためまだまだイベントは開催中!)
何年か前の1度を除き僕もづかたん(e-ZUKA)も
みな実ちゃんやGRで出場させてもらっている。
そんな、、色々な想いや感動を反芻しながら
お風呂に入っていてふと思ったのが
”テキサスブロンコ”テリー・ファンクのことである。

楽屋できーやん(Kishow)とも話していたのだが
数日前にお亡くなりになったという。
年齢的には男性としては大往生といっていい
年齢なのだがショックだ。
このブログでも何回か取り上げているが
ボクは子供の頃からプロレスファンで
TVは勿論のこと会場にも足を運んでいた。
テリー・ファンクは生で見たことあったか
定かではないが、とあるTV中継された試合が
今でも脳裏から離れないほど印象に残っている。
プロレスファンの間では”超”が付くほど有名な
あの1977年”オープンタッグ選手権”の決勝戦だ。
ドリー・ファンクJr&テリー・ファンク
         vs
アブドーラ・ザ・ブッチャー&ザ・シーク
この選手名だけ羅列して見ても
戦慄というか興奮が蘇る。

僕が中1のクリスマスイブにその試合は放映された。
1977年の12/24は土曜なのだなとわかるくらい
当時のプロレスはゴールデンタイム。
猪木の新日は金曜夜8時
馬場の全日は土曜夜8時
と分かりやすい。

そんな中1のクリスマスイブ土曜夜8時
当時はようやく日本の一般家庭にも
クリスマスくらいナイフ&フォークを使って
ディナーを戴くみたいな風習が根ざし初めていたころで
我が家でも不器用に右手ナイフで左手フォークで
チキンかなにか食べてメリークリスマス!
そして恐らく、姉や両親、そして祖母たちとの
熾烈なチャンネル争いを制して
イサム少年の希望通り4チャンネルの
”プロレス中継”を見るに至ったのだろう。
なんといっても裏番組は天下の”8時ダヨ~”
なのだから。。
(ビデオで録画なんて無かったし)

そして、慣れないディナーを食べながら
家族団欒で見ていた”プロレス中継”なのだが
途中から様子が「えげつなく」なってくる。
テリー・ファンクの右腕をアブドーラ・ザ・ブッチャーが
フォークでメッタ刺しにして居るではないか
上腕からは鮮血がダラダラと。。

今までのプロレスでは額からの流血は何度も見ていて
「どうせショウとして切れやすくなってる額から流血して…」
と思っていたが、、、
プロレスファンを自認している僕でさえ
腕からの流血は初めて見た。

今さっき目の前でチキンを刺して食事に使っていた
フォークが「人間の腕に刺さっている~」っていう衝撃。
僕以上に衝撃を受けていた姉は
「だからプロレスはイヤなんだよう~!!」
とフォークで襲いかかって来そうな勢いである。

ともあれ試合の方はフォーク攻撃にも耐え
兄弟愛で悪のブッチャー&シーク組から
ドリー&テリーのザ・ファンクスが勝利を収め
勧善懲悪でめでたしめでたし。
テキサスブロンコの勇気に感動したクリスマスだった。

この試合は今でも全日本プロレスのベストバウトにランクイン
していると思うし、まさに歴史に残る戦いだ。

1回目wの彼の引退試合で「フォーエバー!フォーエバー!」と
叫んでいたのを思い出すが、まさにフォーエバー!

本当だ。
彼が死んでも僕みたいな他ジャンルの人間からしても
テリー・ファンク!
あなたのファイトは僕に多大な勇気を与えてくれた。
ありがとう!
やすらかに!
テリー・ファンク!フォーエバー!

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あっけおめ~!!

  謹賀新年
皆様、明けましておめでとうございます!
2020年が終わりました。

この2020は決して忘れることができないですね。
今までは忙しさに身を任せて、
言わば勢いだけで生きてきた僕が
自分の人生観や世界情勢、、歴史認識など
こんなに色々な事を考えた年はありません。

今年からは正に新時代のスタートです!
前を向いて歩いていきましょう!!

と、その前に…
去年1年を振り返ってみましょう。

1月
2019暮れのRock Beats Cancer(GR&LAZYで演奏)や
Spark MOONツアーの余韻のままお正月。
この頃から中国武漢で新型の肺炎が…って報じられはじめた。
がんばれ武漢
ってブログに書いてますね。

2月
この新型肺炎が通称「コロナ」って呼ばれるようになって、
あれよあれよと世界中に感染者が増えて
「ヤバーッ!」「どうなっちゃうの~?」
予定されてたライブがことごとく飛び、
僕もヤバッなんかやんなきゃ!
と何故かtwitter始める。

3月
世の中の状況は更に大変なことに。
「うーん。マジヤバイ。」
という事で何故かyoutube始める。

4月
LIVEのみならずRECも中止が続き
4/29に予定されてた自分主催の
Spark MOONライブ RUIDO K2も
断腸の思いで中止に。
「グッズとかどうしよっ」ということで
RISING MOON通販始める。
買ってくれた人、アリガトウ!!

5月
緊急事態宣言とかの影響で
「ライブ?」「ありえないよね。」的な空気が充満。
音楽専門学校の授業開始も見送られる。
「3蜜~!」とか言われないように
ZOOMでのオンライン・レッスン始める。
そして、この頃「LOVE BASE」構想始める。

6月
専門学校の授業も様子を見つつ開始。
「LOVE BASE」制作開始。
アレンジしたりRECしたり…。
GRも無観客配信ライブ(リスアニ)でようやく始動!
驚くなかれ初ライブやで~。


7月
感染者数やや落ち着き始める。
RECもLIVEも再開し始める。
Soli京都~大阪ツアー!
有観客で行われたSoliツアーには勇気を貰った。
GRライブ「たかが15年」生配信!
久々にGRフルライブでした。
そして、密かにこのブログ10周年!

8月
調子に乗って自転車を漕ぐ僕に悲劇が…
なんと、コケて左肘を骨折!
(調子に乗るといつもこうだ。天罰かな、笑)
GRライブ「たかが15年」の3日後の8/3の事でした。
翌日「LOVE BASE」ジャケ写の予定だったのだが延期。
でも、2週間後にはRECしてるのです。
我ながら自分の回復力に感謝だ。

9月
「LOVE BASE」ミックス&マスタリングや
延期したジャケ写撮影も終え原盤納品。
ミックス&マスタリングは未知の領域でしたが楽しかった。
スケジュール帳のライブやフェスが中止だらけでヘコむ中
無観客だけどJAM FESがあって救われました。
そして、月末には「LOVE BASE」完成!!

10月
「LOVE BASE」発売!
そして、人生初の完全ソロライブ慣行。
一人で、移動、搬入、演奏、物販、搬出…。
とてもいい経験でした。
東名阪&福島の4箇所を有人ライブで
ツアー出来たのは有難いことです。
CDお買い上げ、ライブご来場の方々アリガトウ!!

11月
「たかが15年」以来のGRフルライブは
JAZZの老舗BlueNote Tokyoでの
「ロデオノート」。
GRオリジナルも他アーティストのカバーも、
どれもジャージーにアレンジされた
いつもと異なるテイストで楽しかった。

12月
この月は学校も平常通りあり
数本RECもあったけど比較的落ち着けた。
でも「コロナ」は落ち着かず、
まだまだ猛威を奮っているらしい。
気をつけましょう。
気をつけるに越したことはない。


最後に…
冒頭にも書きましたが、
2020はいろいろ考える年になり
疑心暗鬼にもなりました。
米の大統領選挙の結果もまだまだ
判らないのが事実だし
何より…
僕が歩んできた人生の中で
今が一番キナ臭い。
気をつけましょう。
気をつけるに越したことはない。

でも…
いや、だからこそ…
前を向いて歩いていきましょう!!

今年もよろしくお願いします!!!!!


(^-^)v















イサム少年とチャリ⑧ “そそり立つアレには気をつけろ!”の巻

イサム少年とチャリ⑧
“そそり立つアレには気をつけろ!”の巻

約1年ぶりにイサム少年とチャリの話をしようと思う。

昨年のお正月のTV番組で
「チャリで来た」について触れていて、
それを見たのをきっかけに、
「イサム少年とチャリ」と題して子どもの頃の
チャリとの思い出やそ、れにまつわるエピソードを
数回ブログに書いてきた。

ところが、まだ書いていなかったエピソードがあったので、
今日はそれについて書きたいと思う。

なぜ今頃になってと思われる方もいるかもしれないが、
先日ミューズ音楽院の卒業生の一人が
バイクで事故ってしまったが、
幸いにして命に別状はない。
ところがその結果オトコの大切な大切な部分…
キ〇タマーズ(通常2個なので複数形にさせて頂いた)
のうち1個を失ってしまった、
という何とも痛々しい話を聞いた。

不幸中の幸いというか何というか、
当の本人はケロリとしているし、
人一倍精力が有り余っているのか「1個でも充分っすよ!」
とキ〇タマーズから単数形キ〇タマになってしまってからも
元気いっぱいなので心配ないようだ。

その話を聞いているときに、
「あ、オレにもそんな思い出が…」と、
ある出来事を思い出したのだ。

いやいや、ご心配には及びません。
最初に言っておきますが、
僕の大切な大切なキ〇タマ…いや、
キ〇タマーズは今日も元気いっぱいでございます。

時はさかのぼり時代は僕が少年だった頃の話。
僕はいつものようにチャリで
街中あちこち走り回っていた。
用があったのかなかったのか、
何の為にチャリを漕いでいたのか、
今となっては憶えてはいないが
“ある事件”の直前に
チェーンが外れた事は憶えている。

イサム少年とチャリ⑦“噂のトンネル”の巻で書いたように、
チェーンが外れるなんて事はよくあることだった。
そしてその日、
いつもの要領でちゃちゃっとチェーンを直した僕は、
油まみれの手でお構いなくそのままチャリを漕いだ。
一番汚れている指先は
なるべくハンドルのグリップに触れないように、
横着をして手のひらだけをグリップにのせて
パーの形でハンドル操作した。

スピードがいい感じに上がってきた丁度その時、
僕のチャリは「ガタンッ!」と段差を乗り越えた。
それと同時に僕の油まみれの両手が
ハンドルのグリップから滑り落ちてしまった。

身体が前傾姿勢になるタイプのチャリだったので、
上体の重さを両腕が支えていた。
だから両手が落ちると顔面がハンドルに近づく形になるのだ。
歯でハンドルを操作するほど器用な人間ではないので、
当然僕のチャリはコントロールを失った。
慌てて体勢を立て直すも時すでに遅し、
僕のチャリは左前方の電柱まっしぐら。
「ガチャーン!!」電柱に激突してしまった。

身体の怪我やチャリの損壊具合は
まったく憶えていない…
ただ一箇所を除いては。

そう。先述のキ〇タマだ。

僕が乗っていたのは
当時少年たちの間で流行っていた
変速ギヤ付きのチャリで、
その変速レバーがサドルのやや前方に
“ギン!”とそそり立っていて、
そのレバーをカチャカチャ動かして
ギヤチェンジしていたものだ。

激突の際に、「慣性の法則」で僕の体は前方に猛進、
そのそそり立つ変速レバーに
僕の大切な大切なキ〇タマも猛進してしまったわけである。
「キーンッ!」とも「チーンッ!」とも音は聞こえなかったが、
半泣きで家に帰ったことだろう。

本当に驚いたのは翌日で、
右左どちらか忘れたが
キ〇タマのうち片方が真っ黒になっていたのだ。
あ、正確には袋ね。中身は見れないからね。。。

ちょっとアレな話になってしまうが、
キ〇タマ袋の中央の境界線は筋のようになっていて、
正にその境界線を境に左右で白と黒に
クッキリと色鮮やかになってしまったのだ。
まるでオセロの駒を横から見たように
白黒クッキリである。
学校のトイレで友達に見せて
自慢?したのは言うまでもない。

今考えると恐ろしい事だが、
なんかこんな事も楽しんでいたように思う。
病院に行った記憶もないから
親にも言わなかったのかもしれない。
昭和の子供はおバカだが逞しくもある。

さて、大事なことなのでもう一度言うが…
僕の大切な大切なキ〇タマ…いや、
キ〇タマーズは今日も元気いっぱいでございます。


(^-^)v




ヤツらが牛耳る世界

いやーすごいね。

目にも見えない小さな小さなウイルスが
世界を牛耳っている。

経済もスポーツも、音楽などの文化も…
そして、ついに教育(学校)なども
ヤツらに牛耳られてしまった。

未知のウイルスへの恐怖は今も昔も同じ。
でも人の往来やネットなどの情報の
量やスピードは一昔前とは比べ物にならない。

今もし仮にネットが無かったら…
こんなにヤツらに牛耳られることも
なかったかもしれない。

未知のウイルス…というか
情報って怖い。






デジタル用語はホニャラララ~

先日のブログでも書いたんだけど
今年ももう1ヶ月経っちゃったのね~
このままではアレヨアレヨとまた速攻で1年終了~!
んな感じでボーっと生きてんとハイ!人生終了~!
ってなりかねないので慌ててツイッターとか始めてみた。
ヤらずして死んじまってもまあなんちゅうこともないが
ヤる。ヤらない。迷ったならヤってしまえ!

…というわけで始めようということになり
学生に聞いたりネットで調べたりしたのだが
謎だらけだったぞ!
先ず用語!
まあ色々あるが「タイムライン」とかなんですの?
時の線ってナニ?
(今は分かってるつもり、笑)
とか…
設定できたはいいがツイートのとこクリックすると
「ツイートしてください」とかではなく、
「いまどうしてる?」ってタメ口で訊いてきて
最初はマジで「だ!だれ~?」って
( ゚Д゚)ヒョエーってなった。

ツイッターではないのだが
最近、学生が「〇×△ってバンドはサブスクで聴けるように
なったんですけどロデオはまだですよねぇ?」
って話しかけてきて、最初一瞬「サブスク」がピンと来なくって
スクの部分のスク水的イメージが強くて(←アホ)
ロデオのライブの水着RGのように
〇×△のライブ会場を埋め尽くす
「スク水のようなモノ」若しくは
「スク水の代わりになるモノ」を着用した
オーディエンス達を想像してしまった。(←ホントアホ)
サブスクリプションですよねぇ!

このようにだな…最近のデジタル用語は
難しいぞう!!



(^-^)v









プロフィール

瀧田イサム

Author:瀧田イサム
瀧田イサム オフィシャル・ブログへようこそ!

8月8日生まれ、神奈川県横須賀市出身。
中学の頃にベースを始め数々のバンドやセッション活動、アーティスト・サポート等を経て1995年には六三四Musashi、2002年にはアーク・ストームに加入し、テクニカルかつ流麗なプレイで辣腕を振るう。
並行してGRANRODEOやMinamiのサポート・ワークでも精力的に活動している。
2015年12月にはデビュー20周年にして初ソロ・アルバム『Rising Moon』をキングレコードからリリース。
2016にはJeff KollmanのJapan Tourにも参加。
使用楽器はコンバット製TAKITAモデル6弦BASS

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