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乗車前には点検を~! 後編

“応急タイヤ”なら楽なのに、なんで今は“パンク修理キット”なんだよう!
と内心文句言いながらその“パンク修理キット”をよく見ると、それは2つの物からなっていて、1つはタイヤ内に注入する液体でおそらく内部から穴を塞ぐものと思われ、そしてもう1つはタイヤに空気を送り込むコンプレッサーという機器。
めんどうな取り扱い説明書をななめに読んでいざ開始。なんつったって応急だもんな素早くやらなきゃ。
先ずは液体の入っている容器にチューブを装着!そして、タイヤのバルブのキャップを外し注入開始だ~。なにやらこの液体は人体に影響ある毒物らしいから慎重になぁ!
さて、いざ注入しようとしたのだが、いろんな隙間から“ピューッ”って飛び出して手が白い毒液だらけになってしまったではないか~!ワチャチャチャ。。。
タイヤのバルブの中にある芯のような物…。スタンドでバイトしてた時は“ムシ”って呼んでた部分を外してからじゃないと注入できないのね…。そういやさっき見た説明書にそんな絵があったっけなぁ。ちゃんと読めよイサム~!
手を拭いて気を取り直してもう一度注入開始~。
なんかスムースには入っていかないけど今度はなんとか入っていくぞ!
ほぼ注入できたところで、次はコンプレッサーで空気を送り込む。
また失敗しないように今度は説明書をよく読んで作業再開!
ふむふむ…。シガライター部から電源供給して高圧ホースをバルブに装着、そしてスイッチON!!
「ウイーン!」という音が響き、ゆっくりとだが空気が入っていってる~!
ワーオ!タイヤが元通りに膨らんできた~!ヤッター!!これでディーラーまで走れるぞ!

ディーラーでここまでの流れをざっと説明して本格的修理を依頼してほっと一息。
毒液?の付着した手を綺麗に洗って戻ってくると、整備担当が戻るのに15分くらい掛かると言う。まあ15分くらいならプロ整備士が戻ってきてシュパパッっと作業してくれれば難なくリハーサルに遅れずに済みそうだ。
しかし、出されたアイスコーヒーを優雅に飲んでいるともう既に30分以上経っちゃっているではないか。ちょっと遅れるかもと思い飯塚に電話するもつながらないので、彼とスタッフにメール。
それから更に優雅な時間が続くので「あのぉ…タイヤは…」と切り出すと、整備担当がやってきて「お客様が応急剤を注入したのでホイールからタイヤを外して洗浄してからでないと点検出来ません。」ということだ。
なるほど“パンク修理キット”を使うとそういう弊害もあるんだねと思い仕方が無いから
「ではお願いします。」と依頼したのだが、どのくらい時間が掛かるか聞くと30~40分くらい掛かると言う。
ワーオ!これはさすがにアウトですね。優雅すぎます。すぐにその依頼を取り消して、そのまま車体に取り付けてもらった。僕はといえば、もう1時間近くコーヒー飲んでるだけなんだから。
もう既にリハ遅刻確定だ。先程出したメールの返信が無く不安になったので、もう一度飯塚に電話する事に。
トゥルルル…「はい、JAFです!」飯塚の声だ「わはははっ!」
彼の“ジョーク”と“パンク修理キット”には救われたが、ディーラーよ!優雅すぎるぞ!
今思うとタイヤを水に浸したり、せっけん水掛けたりして空気漏れしてるかどうかくらい調べてくれても良かったのになぁ。
最初はなんだよ~!と思った“パンク修理キット”意外と使えるかも~!特にコンプレッサーが優秀。
というわけで、そのタイヤ。応急処置のままの状態なのだがどうしましょ?
本来はちゃんと修理するか買い替えるかしなきゃなのだが、もうちょっとこのまま様子を見ようかなぁ。
もちろん安全には気を付けて高速も80Km/h以下で走るようにしよっと!
みなさんも乗車前には点検を~!

(^-^)v

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乗車前には点検を~! 前編

昨日GRANRODEOのリハーサルがあったので、車を走らせたところ「パタパタパタ…」なにやら騒がしい。
「あっ」っと思い家にひき帰してタイヤをチェックすると案の定、予感的中パンクである。
もうペタンコ。ちょうど左後だったので乗るときに気がつかなかった。本当は乗る前に点検しなきゃならないんだけどね。。。
で、どうしよう…。右に行くとディーラー。左に行くとタイヤ屋さん。
やや考えた末、距離的に近いタイヤ屋さんに行く事に。
パタパタパタそろりそろり車を走らせなんとかタイヤ屋さんにたどり着いた。
街道沿いにあるそのタイヤ屋さんに駐車場は無いので、店の前の路上に車を停め店内に声を掛ける「すみませーん!」「…。」返事が無い。「すみませーん!」「…。」留守かよ~!! 居ないんか~い!!!
何度か呼んだが返事が無いので、さてどうしたものか考えていると、近くで交通整理をしていた年配の婦警が此方に歩いてきた。「どうしたのですか?」と気に掛けてくれるのかと思いきや、「ここは駐車禁止ですよ~!すぐ移動して下さい!」だってさ。雨も降ってきてるし、トホホである。
パンクしてること、タイヤ屋さん留守で困っていること、などを話してもご理解いただけず、暫く押し問答が続いたが無駄だと諦め、「応急処置してすぐ動きま~す!」とかなんとかごまかしてトランクをあけ、さあどうするか。。。
ひと昔前の車ならスペア(応急)タイヤが備え付けてあり、こういったパンク時にはジャッキアップして付け替えれば良かったのだが、今の車はたいていその代わりに“パンク修理キット”なる物が備えてある。
かつては走り屋的なことも好きだったし、車イジリもしたいという理由でガソリンスタンドでバイトなんかもしてた僕にとってタイヤ交換くらいは朝飯前だし、なんなら本格的なパンク修理などもバイト中よくやっていた。そんな僕なのだがこの“パンク修理キット”なる代物は使った事がないし、使ったところを見た事もない。
とりあえずその“パンク修理キット”を開封!「説明書をよく読んでね~」的なことがデカデカと書いてあるのだが、肝心なその説明書はA3の倍くらいの大きさの紙に細かい文字とイラストが一面にびっしりとドドォ~っと!!「超めんどくっせー!」
雨も強くなってくるし、先程の婦警さんの視線も痛いし~!
神様~!お母さ~ん!タイヤ屋さ~ん!!助けてよ~!

でもやるっきゃないもんね…。がんばれオレ!!

つづく  (^-^)v


横山

先日ブログでHIDEの事を書いたのだが、今日はHIDEの家の隣(の隣だったか)に住んでいた、これまた同級生の男について書いて行こうと思う。
 彼の名は横山明裕。そう、あの日本スラッシュ・メタル界の雄UNITEDのベーシスト横山だ。
長髪にヒゲに、まるで長袖のようなタトゥーが威圧感バリバリで一見コワモテだが、とても気の良い優しい男なのだ。
 後輩などに対し面倒見もよく「ヨコさん」「横さん」と慕われ、経営していた新宿歌舞伎町のロック・バーもそんな彼の人柄により盛況だった。

 彼との出会いは僕が(彼もだが)小学校2年生だったか3年生だか…ちょっと記憶が曖昧だがいわゆる低学年の頃で、まだまだガキんちょだった頃だ。
 丁度その頃、僕は親に頼んで街の道場に柔道を習いに行かせて貰っていた。僕が習い始めて1~2ヶ月たった頃だっただろうか、新たに入門してくる者があった。初めての後輩ってやつだ。それが横山だった。
 暫くその道場で一緒に練習したり遊んだりしていたが、数ヶ月すると彼は辞めてしまった。通う小学校も違ったので彼とはその後数年間は会う機会が無かった。

 中3の春休み…つまり高校入学の前の春休み。僕は中2で始めたベースをもっと本格的にやりたくて、今まで使っていた安物のベースじゃ満足出来なくなってきて、フェンダーのジャズベースを買う事に。「僕のジャズベ」と題して過去にブログに書いているが、http://isamu6st.blog122.fc2.com/blog-date-201311-2.html
そのベースを買う為に新聞配達のアルバイトを始めた。朝刊夕刊の配達のバイトだ。僕が始めて1週間ほど経った頃だろうか、早朝5時頃自転車に新聞の束というか山を固定していると、「今日から新しく入った横山です。」「よろしく…」「あ~っ!」
まだ辺りは薄暗かったが、あの“柔道の横山” だって直ぐに分かった。“柔道の横山”っていうとなにやら柔道の名手みたいだが(笑)、白帯も目に眩しいあの頃の横山とおんなじ顔だ。当たり前だが。
 突然の再会に驚いたが配達の準備をしながら柔道場の事など懐かしい話で盛り上がった後、進学する高校の話題になり更に驚いた。なんと同じ高校に進学するのだというのだ。
“柔道”“新聞配達”“高校”と重なってちょっと気持ち悪い気もしなくも無いが、気を取り直して「なんでバイトやんの~?」って話題を替えるつもりで軽く聞いたのだが、帰ってきた答えを聞いて先程にも増して更に驚愕することに。
「俺、楽器やってて新しいの欲しくてバイト…」 「楽器…」
この時はホント驚きを通り越して気持ち悪かった。そしてまさかとは思ったが、「まじで!俺ベースやってんだけど横山何やってんの?」 「…え!俺もベース。」
 2人ともクールを装っていたが、顎が地面に着きそうなほど驚愕した。考えてみて欲しい。バンド自体そんなに流行っている訳じゃない時代に、ギターこそ何人か弾くヤツいたがベースだよ!それも横須賀の街の一角の早朝の新聞屋で久々に再会した友が…。
 
 中学時代は本気でベースやってるヤツなんて僕ぐらいだったのだが、ここに来て“初めてのライバル”出現である。おそらく横山もそう思ったことだろう。高校行ったら新しいジャズベを弾きまくり周りをおーっ!って言わせるぜー!!という僕のクソみたいな夢は横山という“初めてのライバル”出現により儚くも半減してしまうが、この“ライバル”が居てこそ猛練習もしたし刺激も知識も貰えたし今では“宝”だと思っている。

 その横山は、高校時代に一緒にやっていたバンドではドラムを担当してくれて、そこにHIDEも連れて来てくれたりという流れになる。
そして更に驚いた事には、近年GRANRODEOとの共演等でお馴染みのFLOWのKOHSHIとTAKEの親戚にあたると言うのだ。
なんという奇遇の連続。
ドラムの岩崎さんが言っていたが「これも天国の横さんが繋いでくれた縁や思ってます。」全く同感だ。

彼が旅立って今日で4年。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 

HIDE

 十年ひと昔というからもうふた昔ということになるのか。
音楽界いや世界中に偉大な功績と影響を残したHIDEが他界してから早いものでもう二十年になる。
7年前の僕のブログ(↓)でも軽く触れているが、今日はもう少し詳しく書いてみよう。
http://isamu6st.blog122.fc2.com/blog-date-201105-12.html

 僕の母が上京し専門学校を卒業して就職したのが横須賀のデパートで、その職場でHIDEのお母様と一緒に働き友人になった。同僚ってやつだ。
暫く一緒に働いたが、それぞれ結婚し職場を離れることに。
 当時会社員だった僕の父と結婚した母は家庭に入るが、HIDEのお母様は美容院を開店した。
僕の家は横須賀中央駅から坂道の商店街を登った上の界隈だったが、その美容院はまさに横須賀中央駅のすぐそばで好立地にあった。
 そんなこともあり、僕の母も買い物ついでに良く利用したそうだ。そうこうしていると、二人とも子供が出来て僕が生まれ彼も生まれた。幼稚園くらいまでは僕も一緒に美容院に行き彼と遊んでいたそうだ。記憶に無いのが残念だが。
 実はもう一人同い歳の子がHIDEの家の隣(の隣だったか)に住んでいた。
それが後に高校でHIDEを紹介してくれた横山だ。UNITEDのリーダーでありベーシストである横山明裕のことである。
 高校時代、学校でバンド作る時にベースが僕と横山2人居るのに、ドラムが居なかった。そこで彼が「ドラムをやる」と申し出てくれて3年間横山のドラムでベースを弾いていたのだ。今考えると贅沢だな。そして、そこに横山が子供の頃から友人だったHIDEを良く連れて来ていた。7年前のブログで「コイツ、バカテクなわけじゃないけど、センスがいいんだ!」と紹介してくれたのが横山なのだ。そこでHIDEを交えてUFOやジューダスの曲ジャムったりレコード貸し借りしてたな。
 ちょうど高校が三浦海岸のそばで、同じバンド仲間に家が三浦海岸の方で民宿をやっているやつがいて、ちょうどいい広さのガレージがあって勝手に防音材とか貼りまくってスタジオにしちゃったりもした。今思うとそのお家の方に非常に失礼でご迷惑をお掛けしたと思うが、「アポロスタジオ」という名前までつけて利用させて頂きました。お陰で充実した演奏活動が出来たわけだがお家の方にとってはたまったもんじゃないな。。で、そのことをHIDEも何かの書籍で語っているらしい。
 
 HIDEより上手いギタリストなんてくさるほど居るし、彼より歌が上手いヤツも山ほど居る。顔が良いヤツも良い曲作るやつもおそらくいっぱいいっぱい居るはずだ。「コイツ、センスがいいんだ!」って言った横山の言葉がまさにソレで、時代を先取りしたその感性こそがHIDEの凄さ偉大さなんだと思う。
他界して二十年経っても世界中から注目され支持される。並大抵のスターではないな。
宇宙人かな…
 そんなHIDEと僕の交流は高2くらいまでで、その後は町(ドブ板とか)で会ったら「おうっ!」くらいなものだったので、あまり大人になってからの付き合いが無いのが残念だ。だから僕の中のHIDEはX加入以前のヒデのイメージの方がデカイくらいだ。でもずっと心の中の何処かにいて見守っていてくれているような不思議な感覚がある。
 
 今年、逝去して20年ということで『hide TRIBUTE IMPULSE』というアルバムが出るのだが、GRANRODEOが「TELL ME」をカバーで参加することになり、ベースを弾かせていただいた。
https://www.universal-music.co.jp/hide/products/upch-2162/
HIDEへのリスペクトを込めてい1音1音大切に弾かせていただきました。
 何十年もの時を経て、こうして大人になってからの繋がりを持たせてくれたGRANRODEOさんには感謝だ。そして、同じ時代同じ場所に生きてくれたHIDEに感謝だ。








野生の息吹 その2

自然とか野生とか…。
東京に住んでいるとなかなか味わえないものだけど、
ふとした瞬間にそういうものに出会うと
“わーぉ!”ってビビるしか出来ない。

 幼い頃、友達と遊んでいた僕は、
道にうずくまって動けないで居る一羽の鳩を見つけた。
近づいても逃げようとしないし、
そっと抱き上げても暴れもしないでじっとしている。
まん丸な目は愛らしいがやはり元気がない。
 「病気なのかな?」僕らはそう話し幼い知恵を出し合って、
近所の動物病院に連れて行くことにした。
 その後の治療がどうなされたか記憶にないが、
全くお金を持っていないが鳩を思う僕らの気持ちを汲んで、
きちんと対応してくれたのは憶えている。
 そして「はい、もう大丈夫だよ。」の言葉に安心して
再び遊びに昂じたわけだ。
(あれ?鳩はどうしたか…憶えてないなぁ、笑)
まあ、そんな心優しいイサム少年だったので、
当然今でも心優しいイサム中年であるわけなのだ。エッヘン。

これは数年前の暑い真夏の日のこと、
道行く僕は一匹のアブラ蝉を見つけた。
そう。今度は元気のないアブラ蝉だ。
まあ、蝉自体珍しくもなんともないし、ましてやアブラ蝉だ。
「ああ、そろそろ短い生涯を終えるのかな。。」
とちょっと可哀相になり腕に留まらせ暫し一緒に歩いた。
「地上に出て一週間だもんなぁ…」とか「結婚できたかなぁ…」
「もうそろそろ飛んでいくかな?」などと考え歩いていると、
“チクッ!”僕の腕に激痛が走る。
あろう事か、蝉が刺したのである。
樹液を吸う為の針みたいな口?があるのだが
そいつを思い切りつき立てやがった。
“わーぉ!”である。
もちろん痛みのあまり、すぐさまアブラ蝉を振り払ってしまったよ。 
ゴメンよアブラ蝉くん。
いくら心優しいイサム中年とはいえ
俺は木じゃねえんだよ~!
樹液は出ねえよ~!!

そんな「蝉って刺すんだ~!」って学んだ夏の1日でした。
(※注 普通刺しません)


(^-^)v



プロフィール

瀧田イサム

Author:瀧田イサム
瀧田イサム オフィシャル・ブログへようこそ!

8月8日生まれ、神奈川県横須賀市出身。
中学の頃にベースを始め数々のバンドやセッション活動、アーティスト・サポート等を経て1995年には六三四Musashi、2002年にはアーク・ストームに加入し、テクニカルかつ流麗なプレイで辣腕を振るう。
並行してGRANRODEOやMinamiのサポート・ワークでも精力的に活動している。
2015年12月にはデビュー20周年にして初ソロ・アルバム『Rising Moon』をキングレコードからリリース。
2016にはJeff KollmanのJapan Tourにも参加。
使用楽器はコンバット製TAKITAモデル6弦BASS

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