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イサム少年とチャリ⑧ “そそり立つアレには気をつけろ!”の巻

イサム少年とチャリ⑧
“そそり立つアレには気をつけろ!”の巻

約1年ぶりにイサム少年とチャリの話をしようと思う。

昨年のお正月のTV番組で
「チャリで来た」について触れていて、
それを見たのをきっかけに、
「イサム少年とチャリ」と題して子どもの頃の
チャリとの思い出やそ、れにまつわるエピソードを
数回ブログに書いてきた。

ところが、まだ書いていなかったエピソードがあったので、
今日はそれについて書きたいと思う。

なぜ今頃になってと思われる方もいるかもしれないが、
先日ミューズ音楽院の卒業生の一人が
バイクで事故ってしまったが、
幸いにして命に別状はない。
ところがその結果オトコの大切な大切な部分…
キ〇タマーズ(通常2個なので複数形にさせて頂いた)
のうち1個を失ってしまった、
という何とも痛々しい話を聞いた。

不幸中の幸いというか何というか、
当の本人はケロリとしているし、
人一倍精力が有り余っているのか「1個でも充分っすよ!」
とキ〇タマーズから単数形キ〇タマになってしまってからも
元気いっぱいなので心配ないようだ。

その話を聞いているときに、
「あ、オレにもそんな思い出が…」と、
ある出来事を思い出したのだ。

いやいや、ご心配には及びません。
最初に言っておきますが、
僕の大切な大切なキ〇タマ…いや、
キ〇タマーズは今日も元気いっぱいでございます。

時はさかのぼり時代は僕が少年だった頃の話。
僕はいつものようにチャリで
街中あちこち走り回っていた。
用があったのかなかったのか、
何の為にチャリを漕いでいたのか、
今となっては憶えてはいないが
“ある事件”の直前に
チェーンが外れた事は憶えている。

イサム少年とチャリ⑦“噂のトンネル”の巻で書いたように、
チェーンが外れるなんて事はよくあることだった。
そしてその日、
いつもの要領でちゃちゃっとチェーンを直した僕は、
油まみれの手でお構いなくそのままチャリを漕いだ。
一番汚れている指先は
なるべくハンドルのグリップに触れないように、
横着をして手のひらだけをグリップにのせて
パーの形でハンドル操作した。

スピードがいい感じに上がってきた丁度その時、
僕のチャリは「ガタンッ!」と段差を乗り越えた。
それと同時に僕の油まみれの両手が
ハンドルのグリップから滑り落ちてしまった。

身体が前傾姿勢になるタイプのチャリだったので、
上体の重さを両腕が支えていた。
だから両手が落ちると顔面がハンドルに近づく形になるのだ。
歯でハンドルを操作するほど器用な人間ではないので、
当然僕のチャリはコントロールを失った。
慌てて体勢を立て直すも時すでに遅し、
僕のチャリは左前方の電柱まっしぐら。
「ガチャーン!!」電柱に激突してしまった。

身体の怪我やチャリの損壊具合は
まったく憶えていない…
ただ一箇所を除いては。

そう。先述のキ〇タマだ。

僕が乗っていたのは
当時少年たちの間で流行っていた
変速ギヤ付きのチャリで、
その変速レバーがサドルのやや前方に
“ギン!”とそそり立っていて、
そのレバーをカチャカチャ動かして
ギヤチェンジしていたものだ。

激突の際に、「慣性の法則」で僕の体は前方に猛進、
そのそそり立つ変速レバーに
僕の大切な大切なキ〇タマも猛進してしまったわけである。
「キーンッ!」とも「チーンッ!」とも音は聞こえなかったが、
半泣きで家に帰ったことだろう。

本当に驚いたのは翌日で、
右左どちらか忘れたが
キ〇タマのうち片方が真っ黒になっていたのだ。
あ、正確には袋ね。中身は見れないからね。。。

ちょっとアレな話になってしまうが、
キ〇タマ袋の中央の境界線は筋のようになっていて、
正にその境界線を境に左右で白と黒に
クッキリと色鮮やかになってしまったのだ。
まるでオセロの駒を横から見たように
白黒クッキリである。
学校のトイレで友達に見せて
自慢?したのは言うまでもない。

今考えると恐ろしい事だが、
なんかこんな事も楽しんでいたように思う。
病院に行った記憶もないから
親にも言わなかったのかもしれない。
昭和の子供はおバカだが逞しくもある。

さて、大事なことなのでもう一度言うが…
僕の大切な大切なキ〇タマ…いや、
キ〇タマーズは今日も元気いっぱいでございます。


(^-^)v




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ヤツらが牛耳る世界

いやーすごいね。

目にも見えない小さな小さなウイルスが
世界を牛耳っている。

経済もスポーツも、音楽などの文化も…
そして、ついに教育(学校)なども
ヤツらに牛耳られてしまった。

未知のウイルスへの恐怖は今も昔も同じ。
でも人の往来やネットなどの情報の
量やスピードは一昔前とは比べ物にならない。

今もし仮にネットが無かったら…
こんなにヤツらに牛耳られることも
なかったかもしれない。

未知のウイルス…というか
情報って怖い。






デジタル用語はホニャラララ~

先日のブログでも書いたんだけど
今年ももう1ヶ月経っちゃったのね~
このままではアレヨアレヨとまた速攻で1年終了~!
んな感じでボーっと生きてんとハイ!人生終了~!
ってなりかねないので慌ててツイッターとか始めてみた。
ヤらずして死んじまってもまあなんちゅうこともないが
ヤる。ヤらない。迷ったならヤってしまえ!

…というわけで始めようということになり
学生に聞いたりネットで調べたりしたのだが
謎だらけだったぞ!
先ず用語!
まあ色々あるが「タイムライン」とかなんですの?
時の線ってナニ?
(今は分かってるつもり、笑)
とか…
設定できたはいいがツイートのとこクリックすると
「ツイートしてください」とかではなく、
「いまどうしてる?」ってタメ口で訊いてきて
最初はマジで「だ!だれ~?」って
( ゚Д゚)ヒョエーってなった。

ツイッターではないのだが
最近、学生が「〇×△ってバンドはサブスクで聴けるように
なったんですけどロデオはまだですよねぇ?」
って話しかけてきて、最初一瞬「サブスク」がピンと来なくって
スクの部分のスク水的イメージが強くて(←アホ)
ロデオのライブの水着RGのように
〇×△のライブ会場を埋め尽くす
「スク水のようなモノ」若しくは
「スク水の代わりになるモノ」を着用した
オーディエンス達を想像してしまった。(←ホントアホ)
サブスクリプションですよねぇ!

このようにだな…最近のデジタル用語は
難しいぞう!!



(^-^)v









金木犀の香り

ちょっとだけ悲しい事がありました。

今朝、自分のスタジオに行った時、入り口付近の
金木犀の花が昨日からの雨で散っていたのです。。

「ああ、もうこのなんとも言えないいい香りともお別れか…」

そう。
僕は金木犀の香りが大好きなのです。
一年中その香りに包まれて暮らしたい!
とさえ思うよ。

それにしても、いつ頃からだろう。
このイイ香り=キンモクセイという事を知ったのは。
もしかしたら、ここ10年くらいかも。
そうなの。新参者なのです。

それまでは、花の香りとか全く興味が無かったというか、
魅力に気付けずにいたんだね。

大好きな香りだけど、
この金木犀の香りに対してノスタルジーは感じないんだ。
なぜだろう?
横須賀には無かった?そんなわけは無いか…
ただ、おっさんになってはじめて分かるような魅力ってことなのかな。。
だいたいからして、秋の魅力だってそうだ。
子供の頃は、夏(主に夏休みか)が終わる淋しさの方が勝って、
「秋なんて!」って思ってたもんなぁ。

話を金木犀に戻すが、
この香り、とても不思議だなと思うんだ。
「もっと嗅ぎたいのに嗅げない~説」。
なんのこっちゃと思われるかもしれないが、
いい匂いだからもっと直に嗅ぎたいと
鼻を花に近づけてクンクンしても
あまり匂わないのだ。
そこで、ちょっと木から離れて
辺りを漂う空気全体を嗅ぐようにすると
なんともいえないいい香りに包まれる。
不思議だ。
追えども逃げる己の影のようだし、
直視よりずらすと見える遠い星のようでもある。
これはあれかな、
人間の欲望に対する戒めのようなものかとも思える。

それにしても、なんでも手に入る今の世の中にあって、
年に一度この季節にだけ、手に入れることは出来ないが、
漂っている香りを堪能することのみが許される。

金木犀の香り…
お金では買えない、もの凄く贅沢な物のように思う。





イサム少年とチャリ⑦ “噂のトンネル”の巻

イサム少年とチャリ⑦
“噂のトンネル”の巻

最近のチャリはめったにチェーンが外れたりしないよね。
これも技術の進歩なのでしょう。
時代は令和になりつつありますが、平成をジャンプして
昭和の時代のチャリは今と違いよくチェーンが外れたものだ。

特に僕の乗っていたエレクトロボーイZのように、変速ギアの付いているタイプは、何かっちゅうとチェーンが外れた。
チェーンが外れると、にっちもさっちも行かなくなるので、その場で自分で直すしか方法はない。
チャリの横にしゃがみ込み、手を油でベトベト真っ黒によごして修理しなければならなかったのだ。
でも今はめったにそんな事にはならないのでいい時代だね!

さて、話は僕が少年だった昭和の時代に戻ります。

どういう経緯(いきさつ)からだか思い出せないが、
僕はまた鎌倉にチャリで行こうと思い立った。

“鎌倉は遠かった”で書いたように、
鎌倉に一人チャリで行こうとしたときには
峠の無限回廊でエライ目にあったイサム少年だったが、
同じ轍は踏まないのだ。

ということで今回は隣にすむ同級生O君を誘い二人で、しかも峠がないであろう逗子を通るルートで行くことにした。
これで辛い思いをせずに、青い海と大仏と鳩サブレーに会えるぞ!
と意気込んで出発したのだった。

ん?でも、なんで鎌倉なのだろう?
大仏と鳩サブレーはおいといて、海なら横須賀にもあるし…
チョット足を伸ばせば三浦の綺麗な海も堪能できる。

今思い返すと、僕の住む所から三浦方面へは、海沿いの幹線道路1本で比較的楽勝に行けるので、当たり前のように何度もチャリで遊びに行っている。
ところが、西海岸側の逗子鎌倉方面ヘはコレだという分かり易い道もないので馴染みが薄いのだ。
その分、イサム少年の冒険心を煽ったのだろう。

僕等はまたしても前調べもせずに、行き当たりばったりで出かけた。

でも今回は前回のような峠地獄も無く極めて順調に逗子を抜け、あと少しで鎌倉というところまで辿り着いた。

その時、前方にトンネルが見えた。
「トンネルか…峠より良いや」
っと思った次の瞬間、僕は先日見たテレビ番組を思い出して
ぞーっとした。

その番組とは心霊写真や心霊スポットを紹介するような番組だったのだが、逗子と鎌倉の間にある有名な“幽霊トンネル”の事が恐ろしげに紹介されていた。
今、まさに目の前にあるこのトンネルではないか!

海、大仏、鳩サブレーなどで一杯だった僕の頭の中は一瞬にして、「霊魂」とか「怨念」とか「幽霊」などのおぞましいワードで一杯になってしまった。

「O君!こっ、ここは…」
一人でモヤモヤするのはめちゃ怖かったから、O君に目の前のトンネルのことを言う事にした。
僕はテレビで見た内容をざっと話した。

怖かったから話したんだけど、話すと内容を思い出してもっと怖くなった。
僕とO君は引き攣った顔を見合わせて
「どうする…」
目の前には不気味な“幽霊トンネル”があんぐり口を開け僕らを見据えている。

ホントは僕もO君も、一目散に家に帰りたかった。
でもここまで来たし、少年特有の強がり精神も発揮して、僕等は恐怖心をなんとかねじ伏せ、トンネルを越え目的の鎌倉を目指す事にした。

僕とO君は一列になりそのトンネルに進入した。
ひんやりしたその内部は、何もかもが今までとは違った。
音、光、臭い、空気の感触…
ゾワーッ
僕らはローストチキンのように鳥肌を立ててチャリを漕いだ。
O君も必死である。
倍速ビデオのようにペダルを漕いでいる。
めちゃ速い。
僕も置いて行かれないように全力で漕いだ。
そして、変速ギヤを5速に入れようとレバーを動かす。

と、その時。
ガチャン!!

僕のチャリのチェーンが外れた。
場所はトンネルのほぼ中央だ。
「ヤッベ!」
「オーーーイオーイ!Oくーん!!」
「マッテー!!!!」
トンネル内にこだまする。
渾身の力で叫ぶも空しく
O君の姿はどんどん小さくなる。

真っ白い出口の光に向かって猛烈にチャリを漕ぐO君の姿は
今も脳裏に焼きついている。

僕はというと、半泣きになりながら
半ケツになってチャリの横にしゃがみ込み
怨念と幽霊と、背後を容赦なく通り過ぎる自動車に
びびりながら、やっとの事でチェーンを直し
猛ダッシュで出口に向かったのであった。

トンネルを出てきた必死の形相の僕を見て
O君は腹を抱え大笑いしていた。

「なんで待ってくれなかったんだよー!」
「マジで怖かったんだぞーっ!」
キレたり泣いたり笑ったりしながら
僕等はペダルを漕いだ。

鎌倉はもうすぐそこだ。



プロフィール

瀧田イサム

Author:瀧田イサム
瀧田イサム オフィシャル・ブログへようこそ!

8月8日生まれ、神奈川県横須賀市出身。
中学の頃にベースを始め数々のバンドやセッション活動、アーティスト・サポート等を経て1995年には六三四Musashi、2002年にはアーク・ストームに加入し、テクニカルかつ流麗なプレイで辣腕を振るう。
並行してGRANRODEOやMinamiのサポート・ワークでも精力的に活動している。
2015年12月にはデビュー20周年にして初ソロ・アルバム『Rising Moon』をキングレコードからリリース。
2016にはJeff KollmanのJapan Tourにも参加。
使用楽器はコンバット製TAKITAモデル6弦BASS

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